恐れていた事態

夏休み第2弾を夫がお盆明けに取っているので、私の実家がある岐阜に帰省しがてら、名古屋にある夫の親戚の本家に顔を出すことにしている。
この親戚は、私たちにとって親代わりのような存在。というのも、夫は実両親と仲違いをしていて、夫のほうからほぼ絶縁状態なので、私は夫の両親とは会ったことがなく、話もお義母さんと一度電話で話しただけだ。当然のことながら、子供たちもおじいちゃん、おばあちゃんには会ったことが無い。

そんな状況なので、いつも年末年始やお盆には名古屋の本家に顔を出して、近況を報告している。幸い本家は、夫を小さい頃から可愛がってくれて、行けばかならず泊まっていきなさいと言われ、子供たちも可愛がっていただいている。

今年も夏休みの予定を伝えようと、昨日の夜、私から電話をした。
「16日からお邪魔しようと思うのですが」と私が言うと電話口の伯父さんが「は?○○(夫)から何も聞いとらんか?」と言われた。
「え?」とあっけにとられていると
「鎌倉の伯母さんが危篤なんだ。それでワシらも動けん」と伯父さんは言った。「従兄弟から電話が行っとらんか?従兄弟から、○○(夫)の連絡先を聞かれて、携帯の番号をついこの前教えたぞ」
・・・・・・。
伯父さんから、経緯とここ数日の様子を聞いて、まだ予定は立てられないという話をした。
「聞いてないとはいえ、大変失礼しました。」と言って、私は電話を切った。

鎌倉の伯母さんは、夫が親戚づきあいをしない中でも唯一年賀状などのやりとりをしていて、いつか遊びに行きたいねと夫が言っていた数少ない親戚だった。

30分後、帰宅した夫に「鎌倉の伯母さんが危篤だって。連絡来てない?・・・よね」と事のいきさつを話した。しばらく呆然としていた夫。何とかお見舞いに行けないか、頭の中で考えていたが、翌日会社を休んで行くということは、翌日のスケジュールと立場上無理らしい。「休ませてくれないなら辞める!って辞表もって行きたいけど、それも無理だな。。。俺も年を取った。しがらみが増えすぎた」と肩を落とした。

恐れていた事態だった。
両親との仲たがいから、兄弟とも親戚とも一切つきあわないようにしている夫。当然のことながら、今回のような話も最後になるまで連絡は来ない。もしかすると最後になっても、連絡は来ないかもしれない。今回は偶然こちらが電話をしたから、知り得ただけだ。

お義父さんも持病があって、入退院を繰り返している。お義父さんに限らず、お義母さんやお兄さんたちに何かあったら・・・。最初で最後の挨拶がいつかくるのではないか。。。いつも恐れている。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

2008年08月10日 02:16
今年の4月、祖母が亡くなった際に、父の兄弟との折り合いなどで、ごたごたあって、葬儀に出ることができなかったことが思い出されました。
親族の関係は、一度崩れると、元々が近しい関係であっただけに修復が難しいような気がしています。
Yumi
2008年08月10日 10:56
bonさん、コメントありがとうございます。
そうですか、お別れが出来なかったのは辛かったですね。

親戚も含め身内ゆえに容赦ない厳しさをぶつける夫の態度に、疑問を感じることはしばしばです。bonさんが言われるとおり、一度崩れると・・・と思うのですが、「そういう一族だから」と他人の私にはとりつくシマもありません。